「資産1000万円」というのは、なんとなくひとつの目安として語られることが多い。
将来への不安を減らすため、自由を手に入れるため、コツコツ積み上げてきた。
俺もその一人。
投資・節約・見栄を削る生活。
そして数年かけて、ついに資産1000万円を超えた。
でも、達成してみて思ったことは一つ。
「思ってたほど、何も変わらん」
変わったことはある。けど、劇的ではない
資産1000万円を超えたことで、たしかに少しは変わった部分もある。
- 仕事を選べるようになった(「嫌ならやめたらいい」と思える気持ち)
- 突然の出費にも慌てなくなった
- 配当金や資産の成長が、自分をちょっと励ましてくれる
- 「金が金を生む感覚」がようやくわかってきた
でも正直、それ以上でもそれ以下でもない。
結局、1000万あっても孤独も不安も消えない
- お金があっても、孤独な日はある
- 投資が増えても、感情が満たされるわけじゃない
- 誰かと深くつながれるわけでも、心が急に晴れるわけでもない
特に、自由を求めて動いてきた人間にとっては、“暇な時間”や“休み”がむしろ苦痛になることもある。
お金はあくまで「道具」であって、「答え」ではない。
じゃあ1000万の意味は何だったのか?
何も変わらなかったかといえば、そうじゃない。
1000万円には、それなりの“重み”と“意味”があった。
- 何かあっても「一瞬で終わる人生じゃない」と思えるようになった
- 精神的な“支え”になる
- 金に追われる不安から、少しだけ自由になれた
これは、「何もない」時代にはなかった感覚や。
1000万は通過点。ゴールじゃない
資産1000万は、ゴールじゃなくて通過点。
手にして気づいたのは、「ここからどうするか?」がむしろ本番やということ。
- 5000万を目指すか
- 配当で月5万を目指すか
- 仕事を緩めて心を整えるか
- それとも「人とのつながり」に力を入れてみるか
お金だけでは、人生は埋まらん。
でも、お金があることで、自分で選べる範囲が広がる。
それが1000万の“本当の価値”やと思ってる。
まとめ:1000万では何も変わらない。でも意味はある
資産1000万円を超えても、人生は劇的には変わらない。
でも、
- 「どうにかなるかも」という安心感
- 「俺はここまで積み上げてきた」という自信
- 「この先も、少しずつ自由になっていける」という希望
そういう見えない価値は、確かにある。
お金がすべてじゃない。
でも、お金がなければ不安に飲まれる。
その中間地点にあるのが、「1000万円」という数字なのかもしれん。
最後にひと言
資産1000万は、人生を変える“魔法の数字”ではなかった。
でも、それでも俺は、積み上げてきてよかったと思ってる。
結局、幸せって お金・仕事・家族(人間関係)のバランスや。
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